私たちが暮らしている今を、立ち止まって、考えてみよう!

デザインは本永惠子さん
デザインは本永惠子さん

  気がつくとテレビ、ラジオ、新聞などが情報源であった時代はとうの昔に影が薄くなり、パソコンを操作することで世界は想像もできないほど広がっています。情報もいとも簡単に手に入る時代です。さらに今まで当たり前のものとしていた社会の構造も危ういものになってきています。生きにくくなっていることだけは確かです。

   今、私たちは何をよりどころに生きていこうとしているのでしょうか。

 情報があれば安心できるのでしょうか。

そんなことを考えている仲間たちが金井淑子さんを中心に集まりました。ゆっくりと仲間の声に耳を傾け、饒舌な言葉、つたない言葉にならない言葉が行き交って、仲間同士語り合う大切な時間があります。20代から80代まで、いろいろな職業の人たちが一つの話題をいろいろな側面から話し合います。

その話題は生きていくための永遠のテーマもあれば、タイムリーな事件がテーマになったこともあります。この立ち止まって考えることを気づかせてくれるスペースを私たちは大切にしています。 

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「絶望の距離と〈社会〉の立ち上がり――土井隆義『「宿命』を生きる若者たち』を読む

報告:米田祐介さん&横山道史さん(ともに哲学カフェ横浜世話人)

日時:2021年12月26日(日)13:00~16:30

私たちはいま、たえざる永遠の昨日を生きているのだろうか。新しい中世、再魔術化、再埋め込み、そして親ガチャと無理ゲー社会。こうした感度はとりわけ若者において研ぎ澄まされている。この〈わたし〉の人生の動かせる部分は限りなく少ない。努力の条件は同じか。もう、未来には期待しない。それは固定化されたものだから。だが、その動かしえない未来は、いまの満足度と存在論的安心を相対的に約束する。グローバル化がもたらす流動化はむしろ固定化をもたらした。けれどもそう、決して、格差と幸福度は相関しない。絶望の国の幸福な若者たちと嘯く声がきこえてくる。だとしたら、このニッポンの閉塞に裂け目を入れることは不可能なのか。否、Z世代の感度に注意しよう。Adoの「うっせぇわ」に共振するその感度は健全そのものだ。「くせぇ、口塞げや限界です」。大いなる「拒絶」。その「拒絶」は希望の光そのものであると同時に、しかし拒絶は拒絶であるがゆえに、かなしいかな〈社会〉が立ち上がらない。かつて、尾崎豊は「反抗」を歌った。反抗とは社会を前提する。社会の立ち上がりを信じていなければ反抗の身振りはなしえない。ロスジェネ世代の赤木智弘の叫びもまた、それでも、〈社会〉の立ち上がりを信じていた、と信じたい。

本報告では『「宿命』を生きる若者たち』の読解を通じて、ロスジェネ世代とZ世代の絶望の距離、その深みの検討を通じて、みなさんと〈社会〉の立ち上がりについて語りあいたい。ZOOM集会となります。

お申込みは山崎まで。(masae3333@gmail.com)

私たちの活動が東京新聞に掲載されました。